条文は「相続分によって按分する」と定めています。ただしその相続分には、遺言による相続分の指定が含まれます。亡くなった子が遺言を遺していた場合に結論がどう変わるのかを、条文・判例・国税庁の公表見解に沿って整理します。
相続時精算課税は、贈与の時点では課税を繰り延べ、贈与者が亡くなったときに相続税でまとめて精算する制度です。したがって精算のタイミングは、通常であれば「贈与者が先に亡くなる」ことを前提としています。
ところが、贈与を受けた子のほうが先に亡くなってしまうことがあります。このとき、まだ精算されていない納税義務はどこへ行くのか。条文には答えが書かれていますが、その子が遺言を遺していた場合には、条文を素直に読んだ結論とは違う答えになる可能性があります。以下、順に見ていきます。
次のような家族関係を想定します。実際の事案を抽象化したものです。
長男の家族関係には特徴があります。
母の側の関係は次のとおりです。
相続時精算課税に伴う納税義務は、長男の法定相続人(今の妻と前妻の子3人)が法定相続分に応じて引き継ぐと考えてよいのか。それとも別の結論になるのか。
相続税法21条の17第1項が、この場面を正面から定めています。
特定贈与者の死亡以前に当該特定贈与者に係る相続時精算課税適用者が死亡した場合には、当該相続時精算課税適用者の相続人(包括受遺者を含む。)は、当該相続時精算課税適用者が有していたこの節の規定の適用を受けていたことに伴う納税に係る権利又は義務を承継する。ただし、当該相続人のうちに当該特定贈与者がある場合には、当該特定贈与者は、当該納税に係る権利又は義務については、これを承継しない。
相続税法21条の17第1項ここで注意したいのは、承継の対象が「義務」だけでなく「権利」も含む点です。精算の結果として還付になる場合、その還付を受ける権利も承継の対象になります。
設例では、贈与者である母は長男の相続人になりません。長男に子(前妻の子3人)がいるため、直系尊属である母には相続権が回ってこないからです。したがって、ただし書による除外や、相続人が贈与者のみである場合の権利義務の消滅(相続税法基本通達21の17-3)は問題になりません。
ここが本題です。条文のつながりは次のようになっています。
行き着いた国税通則法5条2項の条文を、括弧書きまで含めて正確に読みます。
前項前段の場合において、相続人が二人以上あるときは、各相続人が同項前段の規定により承継する国税の額は、同項の国税の額を民法第九百条から第九百二条まで(法定相続分・代襲相続人の相続分・遺言による相続分の指定)の規定によるその相続分により按分して計算した額とする。
国税通則法5条2項引用されているのは900条から902条までであり、括弧書きが示すとおり「遺言による相続分の指定」が含まれています。つまり「法定相続分で按分する」というのは、遺言がない場合の話です。
国税庁の質疑応答事例「相続時精算課税における相続税の納付義務の承継等」も、承継割合について「民法第900条から第902条まで(法定相続分・代襲相続分・指定相続分)に規定する相続分(その特定贈与者がいないものとして計算した相続分)によります」と明記しています。
国税通則法基本通達(徴収部関係)第5条関係も、同じ方向を示しています。
| 通達 | 内容 |
|---|---|
| 8-2 | 遺言による相続分の指定がない限り、民法900条・901条により算出した相続分(法定相続分)による |
| 9 | 包括遺贈の割合または包括名義の死因贈与の割合は、指定相続分に含まれる |
| 10 | 相続分の指定が遺留分に関する規定に違反しているものであっても、その指定相続分による |
| 12 | 遺言の効力に争いがある等のため指定相続分が明らかでない場合は、法定相続分による |
8-2の「指定がない限り」という書き方は、裏を返せば指定があれば指定相続分によるということです。
設例では、亡くなった長男が「全財産を今の妻に相続させる」旨の公正証書遺言を遺しています。これが民法902条の相続分の指定にあたるなら、承継割合は今の妻が100パーセント、前妻の子は0パーセントになります。
東京地方裁判所 平成25年10月18日判決(税務訴訟資料263号順号12313、認容・確定)が最も直接的です。全財産を他の相続人に相続させる遺言があり、遺言に名前のない相続人が承継する国税の額が争われた事案で、次のように判示しました。
本件遺言は原告の相続分を零と定めるものと認められるところ、これは民法902条の遺言による相続分の指定に当たるから、原告が納める義務を承継する乙の平成19年分の所得税の額は、通則法5条2項の規定に従い、乙の平成19年分の所得税の額に零を乗じて計算した額である0円となるというべきである。
東京地判平成25年10月18日(税務訴訟資料263号順号12313・確定)この裁判で国側は、「相続させる旨の遺言については、遺産の分割の方法を定めたものであり、相続分を定めたものではないと解する運用がされている」と主張しましたが、判決はこれを排斥しました。国側敗訴のまま確定しています。
最高裁判所 平成21年3月24日判決(民集63巻3号427頁)も、参照法条に民法902条を掲げたうえで、次のように述べています。
本件のように、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり…
最判平成21年3月24日(民集63巻3号427頁)読み方の注意。この判示は「本件のように」という条件節から始まっており、一般論としての規範を立てたものではありません。「相続分を全部と指定した」という評価も、原審が確定した事実関係として掲げられているものです。したがってこの判決だけで結論が決まるわけではなく、あくまで有力な参照材料と位置づけるのが正確です。
もうひとつ、税務大学校論叢第90号(平成29年)383頁の脚注が、この論点に正面から触れています。
全部包括「相続させる」旨の遺言は、相続分(100パーセント)の指定を伴う遺産分割方法の指定と解されるが、これは相続財産の全部を包括的に指定した結果であり、相続財産の価額を基に相続分を観念したものではない。
税務大学校論叢第90号383頁 脚注78反対方向の裁判例も存在します。国税通則法5条2項の「相続分の指定」を、遺産全体に対する分数的割合で表示されている場合に限るとする系列です。
| 裁判例 | 内容 |
|---|---|
| 東京地判 平成2年2月27日 訟務月報36巻8号1532頁 | 通則法5条2項の「相続分の指定」とは、遺言等により遺産全体に対する分数的割合をもって相続人の相続分が表示されている場合をいう |
| 東京高判 平成3年2月5日 金融商事判例911号22頁 | 上記の控訴審 |
| 最判 平成4年11月16日 裁判集民事166号613頁 | 上告棄却。ただし「原審の認定判断は結論において正当として是認することができ」という形式であり、分数的割合説そのものを是認したものではない |
ただしこの反対材料には、有力な反論があります。仮に分数的割合説に立ったとしても、「一人が1分の1、他の相続人が0」という割合は一義的に確定しているという点です。これは東京地判平成25年10月18日で原告が主張し、判決が採用した論法でもあります。
一方で懸念材料もあります。税務大学校論叢第101号(令和2年)は、東京地判平成25年10月18日を引用せず、平成2年判決の分数的割合の定義をそのまま掲げています。課税実務の理解が変わっていない徴候と読めます。また、相続税法基本通達21の17-2(見出し「承継の割合」)の設例はいずれも法定相続分の例であり、遺言がある場合の設例は用意されていません。
| 構成 | 承継割合 | 評価 |
|---|---|---|
| 遺言を相続分の指定と見る | 今の妻 100パーセント 前妻の子 各0パーセント | 条文の文言、質疑応答事例、通則法基本通達8-2、東京地判平成25年、税務大学校論叢第90号が支持 |
| 遺言を遺産分割方法の指定にとどまると見る | 今の妻 2分の1 前妻の子 各6分の1 | 分数的割合説の系列。ただし本件の割合は一義的に確定しているという反論が可能 |
指定相続分による扱いが最終的に通る見込みは、おおむね6割から7割5分程度と考えられます。「可能性が高い」とは言えますが、課税庁が第一次的に法定相続分で処理してくる可能性は相応にあり、争う準備が必要です。
構造的な不確実性として、相続時精算課税の承継について遺言による相続分の指定を扱った公表事例は見当たりません。上記の議論は所得税(準確定申告)の事案からの類推です。もっとも、通則法5条2項は相続税法21条の17第3項・施行令5条の5により準用されており、施行令の読替えは贈与者の除外だけで相続分の意義には触れていないため、税目の違いは障害にならないと考えられます。
平成30年の民法改正で新設された902条の2は、相続分の指定があっても債権者は法定相続分に応じて権利行使できると定めています。国が「債権者」としてこれを持ち出す余地はあるでしょうか。
難しいと考えられます。理由は3つあります。
承継割合の議論で前妻の子を外せたとしても、前妻の子は母の相続に代襲相続人として確実に登場します。両者はまったく別のルートの話です。
長男が母より先に亡くなっているため、民法887条2項により、長男の子(前妻の子3人)が母の代襲相続人になります。前妻との子であることは代襲相続の可否に影響しません。一方、長男の妻は母の相続人にはなりません。配偶者に代襲相続は認められておらず、条文が代襲相続人としているのは「その者の子」だけだからです。
| 母の相続人 | 地位 | 法定相続分 | 遺留分 |
|---|---|---|---|
| 長女 | 子 | 3分の1 | 6分の1 |
| 前妻の子(3人) | 長男の代襲相続人 | 各9分の1 | 各18分の1 |
| 二男の子(2人) | 二男の代襲相続人 | 各6分の1 | 各12分の1 |
| 長男の妻 | 相続人ではない(受遺者) | — | — |
遺留分の割合は、民法1042条1項2号の総体的遺留分(2分の1)に、同条2項により各自の法定相続分を乗じて求めます。同項が民法901条(代襲相続人の相続分)を明示的に引用していることからも、代襲相続人が遺留分権利者となることは条文上明らかです。
したがって、「精算課税の承継から前妻の子を外せれば、前妻の子と関わらずに済む」という見通しは成り立ちません。母が全財産を長男の妻に遺贈している以上、前妻の子は遺留分侵害額請求権を持つ当事者として登場します。
遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
民法1048条起算点は被相続人の死亡日ではなく、「知った時」です。しかも「相続の開始」と「自分の遺留分を侵害する遺贈があったこと」の両方を知った時である必要があります。
公正証書遺言は検認が不要であり、遺言の内容を相続人へ通知する義務もありません。したがって、疎遠な相続人が遺言の存在を知る時期は、死亡日よりかなり後になることが珍しくありません。「死亡から1年が過ぎたから時効だ」と判断するのは危険です。
また、時効は期間の経過だけで効果が生じるものではなく援用が必要であり(民法145条)、催告による完成猶予(同150条)や協議の合意による完成猶予(同151条)もあります。外側の上限は相続開始から10年です。
なお、遺留分が時効消滅しても、精算課税の承継割合には影響しません。承継割合は民法900条から902条までの相続分によって決まるものであり、遺留分の行使・不行使とは別の問題です。通則法基本通達第5条関係10が「相続分の指定が遺留分に関する規定に違反しているものであっても、その指定相続分による」としているのも同じ趣旨です。
贈与者の死亡に係る相続税について、先に亡くなった子に代わって申告するのは、その子の相続人(承継者)です。国税庁の質疑応答事例が「相続時精算課税適用者の相続人(包括受遺者を含み、その特定贈与者を除きます。)が、その相続時精算課税適用者に代わって、特定贈与者の死亡に係る相続税の申告をすることとなります」と明示しています。
設例では、長男の妻は2つの立場で申告することになります。ひとつは長男の納税義務の承継者として、もうひとつは母から全部包括遺贈を受けた者としてです。
相続税法27条1項により、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内です。相続税法基本通達27-4のなお書きが、相続時精算課税適用者にとっての「相続の開始があったことを知った日」は贈与者の死亡を知った日である旨を定めています。
相続税法27条2項は適用されません。同項は「申告書を提出すべき者が提出期限前に申告書を提出しないで死亡した場合」の規定ですが、子は贈与者より先に亡くなっており、申告義務が生じる前に死亡しています。申告書第1表の付表1が、この2つの場合を別建てで書き分けていることとも整合します。
贈与者から相続や遺贈で財産を取得していない精算課税適用者については、相続税法21条の16が適用されます。同条1項の括弧書により、その者が贈与者の相続人以外の場合は「遺贈により取得したものとみなす」ことになります。設例の長男は、母の死亡時点ですでに死亡しており相続人ではないため、この括弧書が働きます。
加算する金額は贈与の時の価額です。ただし贈与の年分で変わります。
| 贈与の年分 | 加算額(贈与額2,500万円の場合) |
|---|---|
| 令和5年12月31日以前 | 2,500万円 |
| 令和6年1月1日以後 | 2,500万円 − 110万円 = 2,390万円 |
令和6年以後は、相続時精算課税に係る基礎控除(租税特別措置法70条の3の2により年110万円)を控除した残額が加算されます。
設例の場合、法定相続人の数は6人です。長女、前妻の子3人(代襲)、二男の子2人(代襲)で、先に亡くなった長男は含みません。
ここは混同しやすいところです。「誰が納めるか」ではなく「誰の相続税額の計算か」で判定します。
| 対象 | 2割加算 | 根拠 |
|---|---|---|
| 先に亡くなった子に係る相続税額(およびそれを承継した部分) | なし | 相続税法21条の16第2項の読替規定。相基通18-2が「相続時精算課税適用者が死亡した時の状況により判定する」とする。子は死亡時に贈与者の一親等の血族 |
| 子の妻が、贈与者から受ける全部包括遺贈 | あり | 子の配偶者は一親等の血族でも配偶者でもない |
| 代襲相続人が取得する財産(遺留分侵害額を含む) | なし | 相続税法18条1項の括弧書が、代襲して相続人となった直系卑属を一親等の血族に含めている |
国税庁の質疑応答事例「特定贈与者よりも先に相続時精算課税適用者が死亡し、その相続人が特定贈与者の一親等の血族等以外の者である場合の相続税の2割加算」に、設例とほぼ同じ事実関係の照会があり、次のように整理されています。
1人の者が2以上の異なる地位に基づいて相続税の申告をする場合における2割加算の適用については、それぞれの申告における相続又は遺贈により財産を取得した者が「被相続人の一親等の血族等」に当たるか否かにより判定することになります。
国税庁 質疑応答事例第1表(先に亡くなった子の申告書。住所・氏名欄にはその子を記入)に加えて、第1表の付表1「納税義務等の承継に係る明細書(兼相続人の代表者指定届出書)」を使います。
付表1の「承継割合」欄には「法定」「指定」の選択肢があり、記載要領は「法定相続分(民法第900条、901条)により財産を取得している人は『法定』の文字を、遺言による指定相続分(民法第902条)により財産を取得している人は『指定』の文字を、それぞれ丸で囲んだ上、その割合を記入してください」としています。指定相続分による承継は、様式上も予定されているということです。
実務上の注意点を挙げます。
「関わりたくない相続人がいるから申告しない」という発想が出ることがありますが、成り立ちません。
| 局面 | 割合 |
|---|---|
| 法定申告期限から1か月以内の自主的な期限後申告(一定の要件を満たす場合) | 課されない(66条9項) |
| 調査通知前の自主的な期限後申告 | 5パーセント |
| 調査通知後、更正・決定の予知前 | 10 / 15 / 25パーセント 50万円以下 / 50万円超300万円以下 / 300万円超 |
| 決定または予知後 | 15 / 20 / 30パーセント 同上の区分 |
| 隠蔽・仮装があり期限までに申告しなかった場合(重加算税・68条2項) | 40パーセント |
300万円超の部分に30パーセントが適用される加重は、令和5年度税制改正で導入されたもので、令和6年1月1日以後に法定申告期限が到来する国税に適用されます。繰り返しの無申告には、さらに10パーセントが加算されます。
延滞税の割合は各年ごとに告示されます。納期限の翌日から2か月を経過する日までと、それ以後で率が変わります。
期限後申告そのものや決定処分には、国税通則法61条1項のいわゆる1年ルール(法定申告期限から1年を経過する日の翌日以後の期間を延滞税の計算から除く特例)が働きません。同項は修正申告や更正があった場合の規定だからです。放置すれば、延滞税は法定納期限の翌日から完納の日まで課され続けます。
| 区分 | 期間 |
|---|---|
| 通常の更正・決定(国税通則法70条1項1号) | 法定申告期限から5年 |
| 偽りその他不正の行為がある場合(同条5項1号) | 法定申告期限から7年 |
なお、相続税法36条は相続税一般の除斥期間を延ばす規定ではありません。他の相続人が期限直前に更正の請求をした場合に、それに連動する処分の期限を6か月だけ延ばす特則です。贈与税について6年とする特則は相続税法37条であり、別の条文です。
2つの規定に注意が必要です。
設例のように、亡くなった子の財産を遺言で全部取得した者は、この両方の意味で責任を負いやすい立場にあります。
本稿の作成にあたって一次資料を確認しましたが、次の点は確認できませんでした。